手に入れる情報を疑う事で感受性を高めよう(仮)

この記事では特に「情報に対する接し方」について私なりにまとめています。ご興味のある方は下記「続きを読む」よりどうぞ。
(記事作成日時:2019-06-08)

★当記事の目次

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テレビや新聞から得られる情報が「全て」ではない

例えばテレビ番組を通して伝えられる情報は、テレビ局側の人間が「これは視聴者にとって重要だ」と考える情報をピックアップして伝えています。それは新聞や週刊誌などでも同じです。またその過程では「自分たちにとって都合の悪い情報」は捨てられます。そのためどうしても「伝える側にとって都合の良い情報」ばかりになってしまいます。

例えば使っていない電球を消したり、コンセントを抜いたりして電気代を節約し、「電気を大事に使おう」という事を伝えるような番組はたくさんあると思います。3.11の原子力発電所の事故以降、特に増えた印象です。しかし「テレビを消して電気代を節約する」という事を紹介するような番組は殆どありません。まぁ当然と言えば当然なのですが、「テレビを1日つけっぱなしにした時の電気代」にまで踏み込んでこそ、視聴者にとって有益な情報になると思うのです。

尚、原子力発電所をあまり動かさない代わりに、火力発電を動かさなければ現状では電力は足りません。しかし火力発電を動かすための化石燃料の輸入(日本は水以外の資源が殆どない)と、その運搬に莫大な費用(船を守るための防衛費なども含まれる)がかかっている事について、テレビや新聞ではあまり触れられません。また自然エネルギーとか太陽光発電とか脱原発とかメタンハイドレートとかはよく聞きますが、火力発電や原子力発電から別の発電に移行する間、どうやって電気を賄うのか?という点については話が及んでいなかったり、身近な所で言えば、どこかの小さな変電所から火が出るだけで、辺り一帯が停電で機能を失うなんて事が実際にあったのに、発電・蓄電・送電を分散させる方向には話が進んでいなかったりします。少し話が脱線しましたが、そのようにもっと光を当てるべき事がたくさんあると思うのです。

また長時間のスマートフォン、パソコン、ゲームなどをする事で、目が悪くなるとか、知能が低下するとか、肩コリになるとか、テレビ番組ではそういった様々な健康被害が紹介されます。しかし「テレビを長時間見る事による健康被害」が紹介される事はありません。長時間同じ姿勢で床に座っていれば、膝の関節が緩くなったり、足腰が弱くなったり、肩コリになったり、腰痛になったりすると思います。しかしそれはスマホやパソコンだから起こる事ではなく、テレビを見ていても十分に起こり得る事です。

これらはあくまで一例ですが、そのようにテレビや新聞などから伝えられる情報には必ず偏りがあり、「伝える側にとって都合の良い情報」ばかりなのです。そうして伝えられた情報以外の情報、すなわち伝える側が捨てた情報の中にも、視聴者にとって有益な情報はあるはずです。しかしそのような情報は、視聴者が自ら求め、声を上げなければ陽の光を浴びる事はありません。ではどうすれば良いのかというと「自分で調べる」という事が重要になります。

実際、既に個人同士での議論が進んでから紹介される情報の方が有益な事も多いです。最近では一個人が自由に情報を発信する事ができるインターネットがその役割を果たしており、ネットでは目的の情報がすぐに手に入ります。まぁ検索で上位に乗るようなサイトは「検索で上位に乗るための構造」をしているので、そのようなサイトで得られる情報が必ずしも正しいとは限りませんが、そのように自分で調べていけば、今まで光が当たらなかった様々な情報に手が届きます。「自分から進んで情報を手に入れようとする姿勢」は非常に重要です。

ちなみにネットはそのように個人で利用できるため、注目を浴びるために意図的に嘘をついたり、誰かを騙したりなどの悪い使い方もできます。実際、検索で上位に載るようなサイトでそれが行われていたり、またそれがリアルの世界での事件に発展する事もあり、テレビや新聞ではニュースになります。しかしそもそもネットは個人が利用する場ですから、色んな人がいて当たり前です。その「悪い部分」をピックアップしたらキリがありませんし、それではネットの世界全てが悪く見えてしまいます。一方、そうしたネットの悪い部分を紹介するテレビや新聞だって、意図的に嘘をついたり、騙したり、やろうと思えばいくらでもできます。実際、過去にはそういう事を起こしており、数多くの前例があります。ネットはそうしたテレビや新聞の失態をリアルタイムで監視する事ができるので、そういう抑止力的な「良い使い方」もできるはずです。しかしそれはテレビや新聞にとっては都合が悪い事なので、そのようにネットの悪い部分ばかりを紹介しているのです。

ここで言いたい事、それはテレビや新聞などが伝える情報が「全てではない」という事です。日本人は既存のメディアに対する信用性が高く、テレビや新聞から伝えられた情報が「全て」で、その全てが「正しい」と思っている人が多いです。特に年齢を重ねるほどそのような傾向が強くなると言われており、当然伝える側もそれを知っているので最大限に利用しています。そこに大きな落とし穴があります。情報は自分から求め、自分で調べ、自分の判断で、自分の中に入れるべきです。伝える側の判断で伝えられた情報を、そのまま自分の中に入れるべきではありません。



どのような媒体から得られる情報でも一度「疑う」事

最近の若い人はインターネットを使い、多種多様な情報をリアルタイムで手に入れる事ができるので、「テレビや新聞では伝えていない情報がある」「既存のメディアが伝えない情報、すなわち伝える側にとって都合の悪い情報にこそ、真実が隠されている」という事に気づき始めており、既存のメディアに対する不信感が大きくなって来ています。テレビ離れだ新聞離れだと言われますが、そこに一つの原因があるのではないでしょうか。新聞の押し紙なんかそれこそ資源の無駄遣いですし、有益な情報がなければテレビは電波の無駄遣いです。まぁ時代の流れもありますが。

最近では「フェイクニュース」という言葉が話題ですが、元々「フェイクニュース」という言葉は、某大統領に批判的な姿勢を持つテレビや新聞などが、実際に真偽不明の内容を記事にした事を、大統領自らが批判したものです。しかしテレビや新聞では「ネットのもの」という印象をつけたいらしく、やはりネットのニュースの悪い部分ばかりをピックアップし、それをフェイクニュースとしきりに呼んでいます。これも前述と同じで、フェイクニュースと呼ばれる事が自分たちにとって都合が悪いからです。テレビや新聞も実際、事実とは異なる事を書いて、後で訂正や修正をしたり、謝罪をしたりしており、商売を続けていく上で、自分たちがそう呼ばれたくないのでしょう。

例え多くの人が「信用している」とする媒体から得られた情報であっても、それが本当に「正しい」かどうかは、その情報だけでは決して判断できません。そのようにテレビだって新聞だって週刊誌だって、年中ミスを認めて訂正しているのです。例え多くの人が利用していて、信頼されていて、大きな責任があるであろう立場でも、所詮その中で情報をピックアップしているのは「人間」なのですから、ピックアップの際には必ず「選ぶ人間の趣向」が出ます。またどれだけ優秀な人間でも必ずミスを犯します。場合によっては結果があらかじめ決まっていて、その結果になるように、意図的に事実とは異なる内容に変えてしまう事もあります。特にその中には国を破滅させかねない大きなミスもあるかもしれません。多くの人から信用されている既存のメディアがそのような罪を犯した時、その被害は計り知れません。

しかしそんな時、伝えられた情報をそのまま自分の物にする前に、一度疑い、自分で調べ、「その情報のこの部分は間違っている」「真実はこれ。だからその伝え方はおかしい」「言っている事は間違っていないが、そこは論点ではなく、重要なのはこっち」などと気づく事ができれば、被害を最小限に抑える事ができます。それは自分自身はもちろんの事、大切な人や大切な場所を守る事にも繋がっていきます。今のネットの時代、たくさんの情報に触れられる現代だからこそ、我々には「情報の受け取り方を変える(受け取る前に、まず疑おう)」という事が求められていると思います。



ネットから得られる情報も一度「疑う」

尚、前述まではテレビや新聞を例に話を進めてきましたが、それはネットでも同じです。例えば当ブログも、私が「重要だ」と考える情報を選んで扱っていますが、その過程では「これは不要だ」と考える情報は捨てています。実際に見れば分かると思いますが、例えば蛋白質の代謝に関わる具体的な酵素の名前とか、その酵素の構造・化学記号・反応式などは全くと言って良いほど載せていません。

それは何故かと言えば単純で、それが私にとって重要な情報ではなく、それに関する知識もないからです。私にとってはその酵素がどのような役割を持っていて、その酵素が働くためにはどんな栄養素が必要で、その酵素を阻害するものにはどのようなものがあるか、そちらさえ分かれば、特定の酵素の名前とか、反応式などはあまり重要ではないと思っています。筋肉を大きくするために必要な事、例えば糖・蛋白質・脂肪・エネルギーをこれだけ摂取して、こういう役割を持つビタミンやミネラルをこれだけ摂取して、こういう生活習慣をして・・・という事は重要でも、AMPKがどうとかmTORがどうとか電子伝達系がどうとか、そこまで細かい事は正直どうでも良いのです。そんな事を言うと怒られそうですけどね。これは「興味がある事は覚えるのが早い」という事と似ていますが、私の場合はそれが極端で「この知識は自分にとって必要か不要か」の差が大きいのです。

しかし私が捨てた情報の中には、もしかしたら皆さんとって有益な情報があったかもしれません。つまり当ブログを見るだけでは、その情報には触れる事すらできない訳です。何が言いたいのかというと、つまり当ブログに載せられている情報をただそのまま受け取るだけでは、何が正しくて何が間違っているか、何が有益で何が無益か、その全てを判断する事はできないという事です。情報を伝えるだけなら、今の時代誰にでもできますから、ただ単に情報を伝えるというだけでは、当ブログの存在価値はありません。

これは私が信条としている事なのですが、「何が正しくて何が間違っているか」を判断するためのフィルターは「情報を疑う事でしか鍛える事ができない」と考えています。繰り返しになりますが、現状として日本人はメディア(ネットを含む)に対する信用性が高く、与えられた情報をただそのまま受け取るだけになっている人が多いです。例えば日本人は「騙されやすい」「お人好し」だと言われますが、そこに一つの原因があると私は思います。それではフィルターは敏感にはなりません。

確かにたくさんの情報を受け取り続ければ、多少は知識が身につくと思います。しかし情報に対する信頼度が高いほど、逆に情報に対する感受性・敏感さは失われてしまうのです。それが好きとか、興味があるとか、そういう気持ちが強いほど、どうしても盲目になりますよね。誰でもそうです。好きなものほど覚えるのは早いですが、取捨選択をせずに自分に取り入れてしまいがちなのです。ダイエットに勤しむ人なんか特にそう見えます。それを防ぐためには例え自分が信頼する情報であっても、まず疑って「その情報の元になっている情報」を自分から入手しに出向くという事が重要です。決して当ブログを閲覧するだけで終わらないで下さい。他所へ行ってもっとたくさんの情報に触れて下さい。当ブログの価値はそれを促す事にあると思います。





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